Isotope Science Center
The University of Tokyo

東京大学アイソトープ総合センター

トピックス

2021年01月27日

肺動脈性肺高血圧症の新規治療ターゲットとしてのPERKの同定

1.発表者:

清水 峻志  (東京大学アイソトープ総合センター・医学部循環器内科 特任研究員)
東島 佳毅  (研究当時:東京医科歯科大学 日本学術振興会特別研究員 (PD))
神吉 康晴  (研究当時:東京大学アイソトープ総合センター 助教)
仲木  竜  (株式会社 Rhelixa)
川村  猛  (東京大学アイソトープ総合センター 准教授)
裏出 良博  (研究当時:東京大学アイソトープ総合センター 特任研究員)
和田 洋一郎 (東京大学アイソトープ総合センター 教授)

2.発表のポイント:

  • BMPR2変異を伴う遺伝性肺動脈性肺高血圧症(HPAH)は、既存のPAH治療薬に難治性であり、新規治療ターゲットの探索が求められている。
  • BMPR2変異肺動脈平滑筋細胞(PASMCs)では小胞体ストレス応答の一つであるPERK下流シグナリングが異常亢進すること、平滑筋特異的PERKノックアウトマウスではPDGFRβ-STAT1シグナリングを抑制することにより低酸素下肺血管リモデリングが抑制されることを明らかにした。
  • 以上の結果より、PASMCsのPERK経路はPAHの発症・進展に関わっていることが示唆され、PERKはHPAHの新規治療ターゲットと考えられた。

3.発表概要:

肺動脈性肺高血圧症(PAH)(注1)とは肺血管リモデリング(内皮障害、平滑筋細胞増殖)により肺血管抵抗が増大した指定難病であり、全世界に約4万人しかいない希少疾患でもあります。PAH患者の約3割は主にBMPR2変異を伴う遺伝性PAH(HPAH)です。既存のPAH治療薬(エンドセリン受容体拮抗薬、PDE5阻害薬、プロスタサイクリン)により非遺伝性PAHの予後は大幅に改善しましたが、HPAHの予後は不良のままであり、有効な治療法は肺移植しかないのが現状です。日本では慢性的なドナー不足のため、肺移植に至る前に亡くなるケースが大半です。既存のPAH治療薬は内皮障害を改善する血管拡張薬でありますが、肺動脈平滑筋細胞(PASMCs)増殖を抑制する治療薬は確立していませんでした。

今回、東京大学アイソトープ総合センターの清水峻志 特任研究員、和田洋一郎 教授の研究グループは、BMPR2変異PASMCsでは小胞体ストレス応答の一つであるPERK下流シグナリングが異常亢進することを見出しました。さらに、PASMCsのPERKからPDGFRβ-STAT1に至る信号伝達経路は、低酸素下解糖系を亢進することで細胞増殖を促進し、PAHの発症・進展に関わっていることを、疾患モデルマウスを用いた解析で明らかにしました。本研究の成果は、HPAH の発症・進展におけるPERK の役割の解明につながるとともに、将来的な新規治療法の開発に大きく貢献することが期待されます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金、GSKジャパン研究助成などの支援を受けて行われました。

4.発表内容:

肺動脈性肺高血圧症(PAH)は様々な原因により肺血管リモデリング(内皮障害、平滑筋細胞増殖)に伴う肺血管抵抗が増大し、肺動脈の血圧が上昇して右心不全をきたします。PAHは、厚生労働省の指定難病に認定されており、原因解明と有効な治療法の研究開発が急務とされています。PAH患者の約3割ではBMPR2 という骨形成因子(BMP)の受容体の遺伝子の異常が見つかります。BMPR2変異を伴う遺伝性PAH(HPAH)です。既存のPAH治療薬(エンドセリン受容体拮抗薬、PDE5阻害薬、プロスタサイクリン)により非遺伝性PAHの予後は大幅に改善しましたが、HPAHの予後は不良のままであり、有効な治療法は肺移植しかないのが現状です。日本では慢性的なドナー不足のため、肺移植に至る前に亡くなるケースが大半です。既存のPAH治療薬は内皮障害を改善する血管拡張薬でありますが、肺動脈平滑筋細胞(PASMCs)増殖を抑制する治療薬は確立していませんでした。異常なBMPR2 遺伝子を持つPASMCsの低酸素下細胞増殖の背景にある分子機序は完全には解明されていませんでした。

本研究では、BMPR2変異PASMCsではmicroRNA124-3pの発現が低下することによって小胞体ストレス応答の一つであるPERK下流シグナリングが異常亢進することを見出しました(図1)。さらに、PASMCsのPERKからPDGFRβ-STAT1に至る信号伝達経路は、低酸素下解糖系を亢進することで細胞増殖を促進し、PAHの発症・進展に関わっていることを、疾患モデルマウスを用いた解析で明らかにしました。研究グループは、これまでLC-MS/MS(注2)を用いたプロテオーム解析を駆使して、タンパク質の発現解析等を行ってきました(川村ら2020)。BMPR2変異PASMCsにPERK遺伝子をノックアウトすると、低酸素下で亢進するPDGFRβ-STAT1シグナリングや細胞増殖が抑制されることを解明致しました。BMPR2変異マウスを低酸素下で飼育すると、PAHに類似した表現型(肺血管病変形成及び右心室圧上昇)を呈します。上記マウスに平滑筋特異的にPERKをノックアウトすると、肺血管リモデリングや右心室圧上昇が抑制されることを明らかにしました(図2)。

本研究の成果より、BMPR2変異を伴うPASMCsのPERK 経路はPAHの発症・進展に関わっていることが示唆され、PERKはHPAHの新規治療ターゲットと考えられました。これは、小胞体ケミカルシャペロンであるSodium phenylbutyrateがPAH動物モデルで治療効果を発揮したという最近の報告にも合致します。

これまで、BMPR2 の機能異常との関係に踏み込んだ治療法はございませんでした。本研究の成果は、HPAH の発症・進展におけるPERK の役割の解明につながるとともに、将来的な新規治療法の開発に大きく貢献することが期待されます。本研究は、文部科学省科学研究費補助金、GSKジャパン研究助成などの支援を受けて行われました。

5.発表雑誌:

雑誌名:Science Signaling
論文タイトル:PERK inhibition attenuates vascular remodeling in pulmonary arterial hypertension caused by BMPR2 mutation
著者:Takashi Shimizu*, Yoshiki Higashijima, Yasuharu Kanki, Ryo Nakaki, Takeshi Kawamura, Yoshihiro Urade, Youichiro Wada(*は責任著者)
DOI番号:10.1126/scisignal.abb3616
アブストラクトURL:https://stke.sciencemag.org/content/14/667/eabb3616
Full text: http://stke.sciencemag.org/cgi/content/full/sigtrans;14/667/eabb3616?ijkey=j6YU1RUYVm4H6&keytype=ref&siteid=sigtrans

6.問い合わせ先:

東京大学アイソトープ総合センター
特任研究員 清水 峻志(しみず たかし)
〒113-0032 東京都文京区弥生2-11-16
Tel: 03-5841-2881
E-mail: tshimizu227-tky@umin.ac.jp

7.用語解説:

(注1) 肺動脈性肺高血圧症
肺血管リモデリング(内皮障害、平滑筋細胞増殖)により肺血管抵抗が増大した指定難病(指定難病86)に認定されています。PAH は原因不明のもの(特発性)、遺伝性のもの、また薬剤や他の疾患の合併症としても起こるものに分けられます。遺伝性PAHの原因遺伝子の約9割はBMPR2です。BMPR2変異がPASMCs増殖を亢進させる詳細は明らかになっていませんでした。
(注2) LC-MS/MS
液体クロマトグラフ(LC)により分離した分析対象成分を専用のインターフェースを介してイオン化し、質量分析計(MS)で分離して特定の質量イオンを解離・フラグメント化させ、それらのイオンを質量分析計で検出する分析装置です。

8.添付資料: