Isotope Science Center
The University of Tokyo

東京大学アイソトープ総合センター

トピックス

2020年10月06日

RNAの合成と分解を同時に定量する技術“Dyrec-seq”の開発

1.発表者:

川田 健太郎 (東京大学アイソトープ総合センター 特任助教)
脇田  寛泰 (研究当時:東京大学大学院薬学系研究科 修士課程大学院生)
山田  俊理 (研究当時:明治薬科大学 日本学術振興会特別研究員 (PD))
谷上  賢瑞 (東京大学アイソトープ総合センター 特任准教授)
韓    晗 (東京大学大学院薬学系研究科 博士課程大学院生)
関   真秀 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 特任助教)
鈴木   穣 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
秋光  信佳 (東京大学アイソトープ総合センター 教授)

2.発表のポイント:

  • 2種類の修飾核酸を用いて、細胞内RNAの合成速度と分解速度を同時計測する新規手法 “Dyrec-seq” を開発した。
  • これにより約5,000遺伝子のRNA合成と分解を同時定量し、これらが遺伝子発現量や外部環境変化への応答速度などの物理的性質に影響を与えることを実験的に証明した。
  • 修飾核酸を用いて合成や分解といったRNA のダイナミクスを RNA 分子自体にエンコードする、“RNA dynamics recording” という概念を提唱する。

3.発表概要:

遺伝子発現量はRNA合成と分解のバランスによって決定されます。そのため、遺伝子発現制御の正確な原理を解明するためには、RNA合成と分解がどのように制御されているかを同時に理解する必要があります。しかしこれまで、これらの速度を実験的に同時計測する手法は存在しませんでした。そこで東京大学アイソトープ総合センターの秋光信佳教授のグループは、複数の修飾核酸を用いて、RNA合成と分解を同時に定量する “Dyrec-seq” を開発しました。

このDyrec-seqでは、5-ブロモウリジン (BrU) および4-チオウリジン (4sU) と呼ばれるウリジン塩基の類似体を細胞内RNAに取り込ませ、これらの量的変化を計測することで、個別の遺伝子に由来するRNAの合成速度と分解速度を網羅的に推定します。この手法によって、研究グループは、ヒト子宮頸がん由来HeLa細胞において4,702遺伝子のRNA合成速度と分解速度を定量することに成功しました。これらの結果は、RNA合成だけでなくRNA分解も遺伝子発現プロファイルを決定する上で重要であることを示しています。

本手法は様々な細胞や刺激条件に適用することが可能です。秋光信佳教授は、これらの結果を踏まえ、合成や分解といったRNA のダイナミクスを RNA 分子自体にエンコードする、“RNA dynamics recording” という概念を提唱しました。本手法は、様々な生体現象におけるRNAダイナミクス制御の重要性を理解する有用なツールとなる可能性があります。

4.発表内容:

遺伝子発現は細胞の状態を決定する最も基本的な因子の一つです。RNAは遺伝子発現産物として合成される細胞内分子で、遺伝情報を細胞質に運ぶことでタンパク質合成の鋳型として働くことが知られています。また近年では、タンパク質をコードしない非コードRNAが細胞内化学反応の触媒として機能することも知られてきました。細胞内RNAの量は、その合成と分解のバランスによって決定されることが知られています。これまでにも合成のみ、もしくは分解のみをトランスクリプトームワイドに定量するいくつかの手法が開発されてきました。例えばSLAM seqは、4-チオウリジン (4sU) (注1) を用いて標識したRNAを計測することで、RNA合成の定量化を可能にしました。またBRIC-seqは、5-ブロモウリジン (BrU) (注2) を用いてあらかじめ標識したRNAの減少速度を計測することで、RNA分解速度を網羅的に定量します。しかし、複数のリボヌクレオシドアナログを用いてRNAの合成と分解を同時に測定できる方法は、現在のところ存在しませんでした。

そこで東京大学アイソトープ総合センターの秋光信佳教授の研究グループは、4sUによる標識とBrUによる標識を組み合わせることで、RNA合成速度と分解速度を同時に、かつ網羅的に計測する新規手法 “Dyrec-seq” を開発しました (図1)。ここでは、RNA合成速度は単位時間当たりに合成されるRNA分子の個数、RNA分解速度は単位時間当たりに分解されるRNAの割合として定義されます。本手法では、ヒト子宮頸がん由来HeLa細胞をあらかじめBrUを含む培養液で12時間予備培養します。この予備培養中にBrUは細胞内RNAに取り込まれ、RNAを標識します。その後、細胞を培養している培養液を4sUを含むものと交換します。新規に合成されるRNAはBrUではなく4sUにより標識されるため、BrU標識RNAは時間依存的に減少し、4sU標識RNAは時間依存的に増加します。これらの細胞からRNAを時系列で回収し、個別の遺伝子に由来する標識RNAの量を次世代シーケンサ (NGS) (注3) で計測します。一般的にRNAの分解曲線は y=x^(-k_d t) (ここでk_dは分解速度を示す)、RNAの増加曲線は y=k_s/k_d (1-x^(-k_d t)) (ここでk_sは合成速度を示す) で表されることが知られています。したがって計測されたBrU標識RNAおよび4sU標識RNAの時間的変化をこれらの数式に照らし合わせることで、個別の遺伝子に由来するRNAの合成速度と分解速度を同時かつ網羅的に推定することが可能となります。

研究グループは上記の手法を用いて、HeLa細胞に含まれる4,702遺伝子由来RNAの合成速度と分解速度を同時に計測しました。またこれらの遺伝子の機能を調べたところ、特定の機能を持つ遺伝子はRNA合成速度と分解速度に一定の傾向が認められました (例えば、転写後調節に関与する遺伝子は速く合成され遅く分解されるものが有意に多い)。この結果は、様々な細胞機能に関連する遺伝子の合成や分解が共通して制御されていることを示唆し、これらの制御が細胞機能と密接に関連していることを示しています。さらに研究グループは、遺伝子発現機構を数理モデル化する理論的アプローチにより、(1) 個々の遺伝子の発現量が、RNAの合成速度と分解速度の比として決定されること、(2) RNA分解速度が外部刺激に対する遺伝子発現応答の速さを決める重要な因子として働くことを明らかにしました (図2)。上記の結果は、遺伝子がRNA合成と分解を同時に制御することで、それぞれの機能に適切なダイナミクスを達成している (例えば転写後調節関連遺伝子は、合成速度を速くかつ分解速度を遅くすることで、外部刺激のノイズに対して堅牢かつ高い発現レベルでの発現を達成する) ことを示唆しています。

本研究の結果は、遺伝子発現の挙動がこれまで考えられていたように転写のみで制御されるのではなく、分解制御によっても影響を受ける事を明らかにしました。また本研究で開発したDyrec-seqは、ヒト以外の細胞を含む様々な細胞や刺激条件に適用することが可能です。これらの結果を踏まえて秋光信佳教授は、合成や分解といったRNA のダイナミクスを RNA 分子自体にエンコードする、“RNA dynamics recording” という概念を提唱しました。本手法で開発した手法は、様々な生体現象におけるRNAダイナミクス制御の重要性を理解する有用なツールとなる可能性があります。

  

5.発表雑誌:

雑誌名:Genome Research
論文タイトル:Metabolic labeling of RNA using multiple ribonucleoside analogs enables the simultaneous evaluation of RNA synthesis and degradation rates
著者:Kentaro Kawata, Hiroyasu Wakida, Toshimichi Yamada, Kenzui Taniue, Han Han, Masahide Seki, Yutaka Suzuki, Nobuyoshi Akimitsu*
DOI番号:10.1101/gr.264408.120
アブストラクトURL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32843354/

6.問い合わせ先:

東京大学アイソトープ総合センター
教授 秋光 信佳(あきみつ のぶよし)
〒113-0032 東京都文京区弥生2-11-16
Tel: 090-7817-5475
E-mail: akimitsu@ric.u-tokyo.ac.jp

7.用語解説:

(注1) 4-チオウリジン
ウリジン類似体の一つ。ウリジンの4位の炭素に結合する酸素原子がチオール基で置換された構造を持つ。
(注2) 5-ブロモオウリジン
ウリジン類似体の一つ。ウリジンの5位の炭素に臭素原子が結合した構造を持つ。
(注3) 次世代シーケンサ
DNA分子における塩基の並びを解読する技術。細胞から回収されたRNA分子をDNA分子に逆転写して配列を読み取ることで、サンプル内に含まれるRNAがどの遺伝子に由来するかを網羅的に推測することが可能となる。

8.添付資料:

図1. Dyrec-seqの概要。(A) ヒト子宮頸がん由来HeLa細胞をBrUを含む培養液で12時間培養し、培養液を4sUを含むものと交換した後に、RNAを時系列で回収する。(B) BrU標識RNAは時間依存的に減少し、4sU標識RNAは時間依存的に増加する。

図2. 細胞内RNAの合成および分解速度計測。(A) Dyrec-seqを用いて、計4,702遺伝子に由来するRNAの合成および分解速度を計測した。(B) RNA合成および分解速度は発現量および外部刺激への応答速度に影響を与え、遺伝子のダイナミクスを制御する。