Isotope Science Center
The University of Tokyo

東京大学アイソトープ総合センター

トピックス

2020年4月22日

がん細胞が抗がん剤耐性になるメカニズムの発見

1.発表者:

山田 俊理(明治薬科大学 日本学術振興会特別研究員(PD))
今町 直登(研究当時:東京大学アイソトープ総合センター 大学院生)
今村 亮俊(東京大学アイソトープ総合センター 協力研究員)
谷上 賢瑞(東京大学アイソトープ総合センター 特任助教)
川村  猛(東京大学アイソトープ総合センター 准教授)
鈴木  穣(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
長浜 正巳(明治薬科大学薬学部 教授)
秋光 信佳(東京大学アイソトープ総合センター 教授)

2.発表のポイント:

  • がん細胞は、シスプラチンなどの抗がん剤で損傷したDNAを修復することにより、抗がん剤耐性を獲得する。今回我々は、RNA分解因子PUMILIOがDNA修復の仕組みをコントロールしていることを発見した。
  • DNA損傷の修復をコントロールする仕組みとして、これまで注目されていなかったRNA分解制御が重要であることを示した。
  • PUMILIOタンパク質の分解を抑制する手法が、抗がん剤の作用を増強させるものと期待される。この研究を通して、抗がん剤の治療効果を向上させる新しい戦略を提案でき、癌患者の生存率やQOLの向上に貢献することが期待される。

3.発表概要:

細胞は外界の環境変化に応答するために、細胞内のmRNA(注1)量を調整する必要があります。このmRNA量を制御する上で重要な因子がRNA結合タンパク質です。ヒトの細胞内にはおよそ2,000種のRNA結合タンパク質が存在していますが、その多くの生理的機能は分かっていません。東京大学(秋光信佳教授ら)と明治薬科大学(山田俊理研究員、長浜正巳教授)の合同研究チームは、RNA結合タンパク質が①どのような生理的環境下で、②どの遺伝子群を制御するか、をシステマチックに解析する研究手法の確立に成功しました。そして、発生や神経において重要な役割を果たすことが知られていたRNA結合タンパク質PUMILIOに注目して、がん細胞が抗がん剤シスプラチンで障害されたDNAを修復する機構を、PUMILIOがコントロールしていることを発見しました。今回の研究成果は、RNA結合タンパク質に着目した新たな治療法開発の基盤となることが期待されます。

4.発表内容:

<研究の背景・課題>

細胞はさまざまな外部環境の変化に対応するために、細胞内の因子を必要に応じて分解または安定化させる必要があります。細胞内のmRNAの安定性を制御する上で重要な因子がRNA結合タンパク質です。RNA結合タンパク質は数多く存在し、ヒトではおよそ2000種類存在します。多くの研究者はRNA結合タンパク質が細胞内でどのRNAと結合するかを同定してきました。その結果、RNA結合タンパク質は非常に多くのmRNAと結合するということが明らかになりました。例えば、8 RNA塩基を特異的に認識し、分解を促進するPUMILIO (PUM)は、約3,000種のmRNAと結合するという実験結果が得られています。では、PUMはこの結合する3,000種全てのmRNAを分解するのでしょうか。また、特定の外部環境の変化により、PUMによる分解が阻害されたり促進されたりするのでしょうか。さらに、このようなPUMの働きはどのような生理的意味を持つのでしょうか。

<研究内容>

これらの疑問に答えるために、東京大学と明治薬科大学の合同研究チームは、BRIC-seq(注2)と呼ばれる手法を用いて、細胞内に存在する全てのmRNAの安定性を測定しました。その結果、PUMを欠損させた細胞では、約100種のmRNAが安定化することを見出しました。この安定化したmRNAのうち、48種がPUMに結合するmRNAでした。そこで、この48種をPUMの分解標的mRNAとしました(図1)。
次にPUMによるmRNA分解を抑制するような生理的条件を探索しました。その結果、シスプラチンなどDNA傷害を誘起する抗がん剤がPUMによるmRNAの分解を阻害することを見出しました。さらに、PUMの標的mRNAの中でもPCNA(注3)やUBE2A(注4)が安定化されることにより、損傷乗り換えDNA合成(注5)が活性化することを発見しました。実際にDNAの合成速度と細胞の生存率を測定した結果、シスプラチン投与下では、PUMの機能が阻害されることで、DNA合成が促進され、細胞の生存率が上昇することを見出しました。これらの結果から、細胞はDNA損傷時にPUMを消失させることでmRNAを安定化・増加させ、組み換えDNA修復を活性化し、細胞が生存できる確率を高めていることを明らかにしました(図2)。

<研究の波及性、創薬への期待>

DNA損傷修復の研究は、主に、核内における転写やタンパク質の翻訳後修飾による修復コントロールが研究されてきました。今回の研究では、細胞質のmRNA安定化がDNA修復において重要な役割を果たすことを明らかにしました。一般に、損傷したDNAから新たなmRNAを産生することは、異常なタンパク質を作り出す危険性があるため、既存のmRNAを安定化させることが生存戦略として有効であると考えられます。今回の研究ではPUMに限ったmRNA安定性制御の役割を解明しましたが、今後はよりゲノムワイドな視点でmRNA安定性とDNA損傷修復との関係性が研究されることが期待されます。
伝統的な抗がん治療では、DNAに架橋しDNA複製を阻害することでがん細胞を死滅させる効果がある抗がん剤(シスプラチンなど)が用いられています。この治療法の課題は、がん細胞が抗がん剤に対する耐性を獲得してしまう点にありました。今回の研究成果により、がん細胞はPUMの発現量を調整することにより、抗がん剤に対する耐性を獲得することが明らかとなりました。そこで、PUMの発現量を制御する治療法の開発により、がん細胞の治療抵抗性を軽減させることで抗がん剤の治療効果を向上させることが期待されます。

5.発表雑誌:

雑誌名:「Cell Reports」(オンライン版:4月21日)
論文タイトル:Systematic Analysis of Targets of Pumilio-mediated mRNA Decay Identifies Reveals that PUM1 Repression by DNA Damage Activates Translesion Synthesis under DNA damage tolerance stresses
著者:Toshimichi Yamada, Naoto Imamachi, Katsutoshi Imamura, Kenzui Taniue, Takeshi Kawamura, Yutaka Suzuki, Masami Nagahama, Nobuyoshi Akimitsu*

6.問い合わせ先:

東京大学アイソトープ総合センター
教授 秋光 信佳(あきみつ のぶよし)
〒113-0032 東京都文京区弥生2-11-16
Tel: 03-5841-2877
E-mail: akimitsu@ric.u-tokyo.ac.jp

東京大学アイソトープ総合センター事務室庶務係
上席係長 油井 聡(ゆい さとし)
〒113-0033 東京都文京区弥生2-11-16
Tel:03-5841-2881
E-mail: syomu@ric.u-tokyo.ac.jp

明治薬科大学生体分子学研究室
教授 長浜 正巳(ながはま まさみ)
Tel:042-495-8479
E-mail: nagahama@my-pharm.ac.jp

7.用語解説:

(注1)mRNA
DNA上に存在する遺伝子情報からRNA合成酵素により産生されたRNAのこと。遺伝情報はmRNAの塩基によってコドンの形式でコードされ、全20種類のアミノ酸に対応している。mRNAは核で合成されてから細胞質へ出て、タンパク質を合成する装置であるリボソームに付着する。ここでmRNAの遺伝情報に従い、特定のタンパク質が合成される。
(注2)BRIC-seq (5-bromouridine immunoprecipitation chase)
東京大学アイソトープ総合センター秋光教授らにより開発された手法。5-bromouridine(BrU)を細胞にパルスしBrU標識された新生RNAをBrU抗体により回収する。穏やかな条件下で細胞内のRNAの安定性(半減期)を解析できる点が特徴である。
(注3)PCNA
DNA合成酵素の補酵素。DNA修復因子や細胞周期の制御因子の多くはDNAに結合するのではなく、PCNAと結合する。PCNAはDNA合成に必須のタンパク質として知られている。
(注4)UBE2A
タンパク質をユビキチン化する機能をもつ。損傷乗り換えDNA合成の際には、PCNAをユビキチン化する。
(注5)損傷乗り換えDNA合成
損傷を受けたDNAはDNA複製を正常に行えない。このようなDNA複製異常はゲノムの不安定化や細胞死を引き起こすため、細胞は損傷部位を乗り越えてDNA合成を行うことができる。

8.添付資料:

図1.PUMが結合し分解するmRNAを同定する手法

図2.DNA損傷時の修復としてmRNAを安定化させる利点