Isotope Science Center
The University of Tokyo

東京大学アイソトープ総合センター

トピックス

2020.03.04

動脈硬化における炎症の新しいメカニズムを解明

1. 発表者

  • 東島 佳毅(東京医科歯科大学難治疾患研究所 生体情報薬理学分野 学振PD特別研究員)
  • 南学 正臣(東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 教授)
  • 古川 哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所 生体情報薬理学分野 教授)
  • 和田 洋一郎(東京大学アイソトープ総合センター 教授)
  • Christopher K. Glass(カリフォルニア大学サンディエゴ校 教授)
  • 神吉 康晴(東京大学アイソトープ総合センター 助教)

2. 発表のポイント

  • 炎症性遺伝子のエピジェネティックな転写抑制機構の破綻が動脈硬化発症に重要であることを明らかにしました。
  • 本研究は動脈硬化における血管炎症の新しいメカニズムを示し、さらにそのメカニズムが動脈硬化治療のターゲットになり得ることを示した点で新規性の高い研究です。
  • 心血管疾患(心疾患と脳血管疾患の総称)は先進国の主要な死因の1つであり(本邦においては悪性新生物に次ぐ2位)、その原因として動脈硬化が重要です。本研究結果はこれまでにない動脈硬化治療戦略、創薬の開発につながる可能性があります。

3. 発表概要

 東京医科歯科大学難治疾患研究所の東島佳毅研究員、東京大学アイソトープ総合センターの神吉康晴助教らは東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科、カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームらと共同で、動脈硬化におけるエピジェネティック(注1)な転写(注2)抑制機構の破綻とそれに引き続く炎症性遺伝子活性化のメカニズムを明らかにしました。この成果は、これまで分かっていた動脈硬化における血管内皮細胞(注3)の炎症反応の誘導という現象が抑制系ヒストン修飾(注4)の脱メチル化(注5)というメカニズム介して起こることを示したという点で画期的です。さらに、このメカニズムのターゲット分子であるLysine demethylase 7A (KDM7A)および6A(UTX)を遺伝学及び薬理学的に抑制することで動脈硬化を改善できることを培養細胞およびマウスを用いた実験で示しています。動脈硬化は先進国における主要な死因である心血管疾患の原因の多くを占めることから、本研究成果が新しい動脈硬化治療法の開発、ひいては心血管疾患患者の予後改善に寄与することが期待されます。

4. 発表内容

<研究の背景>

 心血管疾患はわが国の死因の第二位の心疾患と第四位の脳血管疾患を合わせた総称であり、その数は第一位の悪性新生物に匹敵します。また、近年問題となっている国民医療費においても心血管疾患を含む循環器疾患が1位であり、要介護認定の原疾患の2位を占めていることからも医療経済的に重要な分野となっています。心血管疾患の原因として高血圧や高脂血症に起因する血管内皮細胞の慢性炎症および動脈硬化が重要です。これまで心血管疾患の治療は、降圧剤や脂質異常症治療薬による血圧および脂質値低下に焦点を当てて行われてきました。特に脳血管疾患においては、降圧剤による血圧管理の徹底によって顕著な死亡率の低下が認められてきましたが、一方で、近年は高血圧の治療率の向上にもかかわらず、一貫して心疾患による死亡率が増加しています。最近の大規模臨床研究において、血管炎症の抑制が血圧および高脂血症の改善とは独立したメカニズムで心血管疾患を抑制することが報告され、血管炎症をターゲットとした新しい予防および治療法の確立が期待されています。

 ヒストン修飾などのDNA塩基配列の変化を伴わずに遺伝子の機能および発現を調節する機構 “エピジェネティクス”の異常がさまざまな疾患において、その発症や進展に重要であることが分かってきています。動脈硬化発症に重要な炎症性遺伝子は正常の血管内皮細胞ではほぼ完全に発現が抑制されています。そこで申請者らは、動脈硬化においてエピジェネティックな抑制機構の破綻が血管内皮細胞における炎症性遺伝子の活性化に関与していると仮説を立てて検討を行いました。

<研究内容>

 ヒト血管内皮細胞に炎症性サイトカイン(注6)を作用させて、ヒストン修飾状態をクロマチン免疫沈降および次世代シーケンサー(ChIP-seq、注7)により網羅的に解析したところ、動脈硬化に重要な多数の炎症性遺伝子座において、抑制系ヒストン修飾であるH3K9me2およびH3K27me3が刺激後速やかに脱メチル化されることが明らかとなりました。遺伝子スクリーニングによって、これら抑制系ヒストン修飾の脱メチル化にLysine demethylase 7A(KDM7A)および6A(UTX)がそれぞれ関与することが判明しました。より詳しい検討を行ったところ、KDM7AおよびUTXが結合するゲノム領域はスーパーエンハンサーと呼ばれる強いエンハンサー(注8)と相関していること、さらに染色体構造解析(注9)によって、こうしたスーパーエンハンサーの相互作用が炎症性遺伝子の転写活性化に重要であることが明らかとなりました。加えて、マウスモデルにおいて、KDM7AおよびUTXの阻害剤投与が動脈硬化初期病巣で頻繁に認められる血管内皮細胞への白血球接着を抑制することが確かめられました。以上より、血管内皮細胞における炎症性遺伝子の発現誘導にKDM7AおよびUTXによる抑制系ヒストンの脱メチル化が重要である可能性が考えられました(図1)。

<社会的意義・今後の展望>

 本研究により血管内皮細胞における炎症性遺伝子のエピジェネティックな抑制機構の破綻という新しい動脈硬化発症メカニズムが明らかとなりました。さらにこのメカニズムを標的とした動脈硬化治療の新しい可能性が考えられました。血管炎症は心血管疾患だけでなくがんやアルツハイマー病などさまざまな生活習慣病の発症進展に関与していることから、研究グループは今回の成果を基盤として、今後は血管内皮細胞におけるエピジェネティックな制御機構の破綻の他の病態モデルにおける関与を探索すること、そして、この経路をターゲットとした治療法の開発に取り組んで行く予定です。

5. 発表雑誌

雑誌名:「The EMBO Journal (欧州分子生物学機関紙)」(オンライン版:3月3日)
論文タイトル:Coordinated demethylation of H3K9 and H3K27 is required for rapid inflammatory responses of endothelial cells
著者:Yoshiki Higashijima, Yusuke Matsui, Teppei Shimamura, Ryo Nakaki, Nao Nagai, Shuichi Tsutsumi, Yohei Abe, Verena M. Link, Mizuko Osaka, Masayuki Yoshida, Ryo Watanabe, Toshihiro Tanaka, Akashi Taguchi, Mai Miura, Xiaoan Ruan, Guoliang Li, Tsuyoshi Inoue, Masaomi Nangaku, Hiroshi Kimura, Tetsushi Furukawa, Hiroyuki Aburatani, Youichiro Wada, Yijun Ruan, *Christopher K. Glass, *Yasuharu Kanki(*Corresponding author)
DOI番号:10.15252/embj.2019103949

6. 問い合わせ先

<研究内容に関するお問い合わせ先>

東京大学アイソトープ総合センター
助教 神吉 康晴(かんき やすはる)
Tel:03-5841-3055
E-mail:kanki@lsbm.org

<取材に関するお問い合わせ先>

東京大学アイソトープ総合センター
担当:庶務係 油井 聡
Tel:03-5841-2881
E-mail:syomu@ric.u-tokyo.ac.jp

東京大学医学部附属病院
パブリック・リレーションセンター
担当:渡部・小岩井
Tel:03-5800-9188(直通)
E-mail:pr@adm.h.u-tokyo.ac.jp

東京医科歯科大学総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
Tel:03-5803-5833  Fax:03-5803-0272
E-mail:kouhou.adm@tmd.ac.jp

7. 用語解説

(注1)エピジェネティック(エピジェネティクス, エピゲノム)
DNAメチル化、ヒストン修飾、非翻訳RNAなどのDNA塩基配列の変化を伴わずに遺伝子の機能および発現を調節する機構のことです。近年、“エピゲノム”の異常ががんやアルツハイマー病など生活習慣病において、その発症や進展に重要であることが分かってきています。
(注2)転写
DNAの塩基配列(遺伝子・遺伝情報)をもとにRNA(転写産物)が合成されることをいいます。一般的に転写されたRNAはタンパクへと翻訳されてその機能を発揮します。
(注3)血管内皮細胞
血管の内表面を構成する扁平で薄い細胞で、循環する血液と常に接しています。高血圧や高脂血症によって血管内皮細胞で炎症が引き起こされることが古くから知られています。
(注4)抑制系ヒストン修飾
DNAはヒストン8量体(H2A, H2B, H3, H4それぞれ2つずつから構成される)に巻きついてコンパクトに折りたたまれています。ヒストンのN末端領域によく認められるアセチル化、メチル化、リン酸化などの化学修飾が染色体の高次構造を変化させて、遺伝子の転写状態を変化させることが知られています。H3K9me2(H3の9番目のリジン残基のジメチル化)およびH3K27me3(H3の27番目のリジン残基のトリメチル化)は抑制系ヒストン修飾と呼ばれ、遺伝子不活化と関連しています。
(注5)脱メチル化(※ここでは抑制系ヒストン修飾の脱メチル化を意味する。)
H3K9me2やH3K27me3などの抑制系ヒストン修飾がヒストン脱メチル化酵素(histone demethylase)によって脱メチル化(メチル基が外れること)されると転写活性化状態と関連するようになります。
(注6)炎症性サイトカイン
主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質で、標的細胞表面に存在する特異的受容体を介して生理作用を示し、細胞間情報伝達を担っています。本研究では血管内皮細胞に炎症を誘導する目的(動脈硬化発症を模倣する目的)としてtumor necrosis factor-alphaを用いています。
(注7)クロマチン免疫沈降および次世代シーケンサー(ChIP-seq)
種々の抗体を用いて免疫沈降したクロマチンDNA断片に、特殊なバーコード(検体の識別に必要)を付加し、超高速シークエンシングを行うことで、ヒストンメチル化や転写因子などのゲノム上の結合部位を、ゲノムワイドかつ網羅的に解析する手法です。
(注8)エンハンサー
遺伝子の転写量を増加させる作用を有するDNA領域のことをいいます。エンハンサーが強く広範に濃縮した領域はスーパーエンハンサーと呼ばれ、細胞の運命決定に重要な役割を果たす可能性が示唆されています。
(注9)染色体構造解析
細胞内のクロマチンの空間的近接関係を分析するために使用される分子生物学的手法のことをいいます。

8. 添付資料

図1 動脈硬化において血管内皮細胞では抑制系ヒストン修飾の脱メチル化によるスーパーエンハンサー間の相互作用(可変ループ)の構築が炎症性遺伝子の転写活性化に重要であることを見出しました。新たな動脈硬化予防治療標的としてKDM7AおよびUTXを同定しました。