「セシウム花粉」の内部被ばく影響は砂埃に比べて無視できるほど小さい

東京大学アイソトープ総合センターの桧垣正吾助教は、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所事故により大気中に拡散した放射性物質による内部被ばくに対して、市販の不織布製マスクによる低減効果を確認し、報告している(桧垣ら、Health Physics 104(2), 227-231, doi:10.1097/HP.0b013e318266ad51 (2013))。その後、2011年5月までに福島第一原子力発電所からの直接の放出は自然に存在している放射能(バックグラウンド)レベルにまで減少した。しかし、森林に沈着した放射性セシウムが植物内に移動し、2012年春には、いわゆる「セシウム花粉」により放射性セシウムが大気中に再拡散され、一般市民が吸入して内部被ばくを引き起こす可能性があるとの懸念があり、社会的な関心事となった。


そこで、桧垣助教らの研究グループは、2012年2月19日~4月14日の8週間にわたり、東日本在住の成人一般市民に市販の不織布製マスク(ユニ・チャーム社製「超立体マスク」かぜ・花粉用)を日常生活と同様に着用してもらい、マスクに付着した放射性セシウムを(福島県および東京都在住の方についてはスギ花粉数も)測定して、一般市民の吸入による内部被ばく線量を推定し、スギ花粉による放射性セシウムの再飛散の有無を調べた。


被験者は、福島県および東京都在住各10名、青森・ 岩手・宮城・秋田・山形・茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川・静岡の各県在住各4名の合計68名であった。年齢は20歳から59歳、68名のうち男性27名、女性41名であった。マスクは、少なくとも1日ごとに新品に交換して着用してもらった。 マスクに付着した放射性セシウムは、各人が各1週間に着用したマスクを1試料とし、ゲルマニウム半導体検出器により測定した。測定時間は1試料あたり6時間で、検出できる最小値は137Cs、134Csそれぞれ0.2 Bqであった。スギ花粉は、球に円錐が一つ生えている特徴的な形状をしており、光学顕微鏡で計数しやすい(写真1)。しかし、マスクに付着したままでは顕微鏡による計数が難しいため、マスク1枚ごとに濾紙上に集塵して、ヨウ素デンプン反応による染色後に計数した。


その結果、検出された放射性セシウムが最大となったのは福島県郡山市在住の男性で、8週間の合算で137Csが21 ± 0.36 Bq、134Csが15 ± 0.22 Bqであった。国際放射線防護委員会(ICRP)のICRP Publication 68に示された実効線量係数(注2)を用いて、この男性の調査期間8週間の吸入による内部被ばくを算定すると、0.494 μSvであった。この放射性セシウム量の付着が調査期間以外も継続すると仮定して年間の内部被ばく線量を見積もると、0.494 μSv÷8週×52週=3.2 μSvとなり、公衆の年間の被ばく限度である1mSvの310分の1であった。
福島県在住の被験者で放射性セシウムが検出されたのは9名で、8週間の吸入による内部被ばくの平均は0.062μSvと算定された。また、東京都在住の被験者で放射性セシウムが検出されたのは4名で、8週間の吸入による内部被ばくの平均は0.004 μSvと算定された。福島県以外の都県では、それぞれの在住都県毎に統計的に有意な差は認められなかった。


スギ花粉は、測定した全てのマスクから検出されたが、マスクに付着した放射性セシウム量とスギ花粉数との間の相関の強さを示す相関係数は、福島県在住のグループで0.35、東京都在住のグループで0.41となり、中程度の相関の強さであった。
検出された放射性セシウムがスギ花粉由来であるかを調べた次の手法によって確かめた。まず、イメージングプレート(注3)による放射性セシウムの分布を観察し、放射性セシウムがある部分に花粉があるかどうかを確認した。次に、スギ花粉数を計数するため集塵した濾紙を、再度放射能測定し、集塵後のマスクを、再度放射能測定した。そして、集塵後のマスクを、再度光学顕微鏡で観察した(写真2)。


その結果、一般市民に吸入による内部被ばくを引き起こす可能性のある放射性セシウム源はスギ花粉(特徴的な形状)ではなく、砂埃とみられる不定形の物質によるものであることを示した。これは、砂埃の吸入を防ぐことにより、さらに内部被ばく線量を低減できることを示唆している。


他県に比べて付着した放射性セシウム量が有意に高かった福島県では継続的な調査が必要と判断したため、本調査は、2013年春、2014年春にもそれぞれ対象者20名、期間4週間の規模で継続している。

本研究成果は、2012年3月16日の東京大学アイソトープ総合センター記者会見、「『不織布製花粉用マスクに捕集されるスギ等の花粉に含まれる放射性セシウムの定量分析』について」において先行発表した研究成果の完全版である。

本研究は、ITEA東京環境アレルギー研究所の白井 秀治氏、信州大学ヒト環境科学研究支援センターの廣田 昌大助教、東京大学アイソトープ総合センター(調査実施当時)の矢野 有希子氏(現・カリフォルニア大学バークレー校大学院生)、ユニ・チャーム株式会社の武田 英輔氏、柴田 彰氏、三嶋 祥宜氏、山元 ひろみ氏、宮澤 清氏との共同研究である。

上記の内容を含む研究成果は、2014年7月1日(アメリカ中部標準時)付でHealth Physics (米国保健物理学会誌)電子版に掲載された。

論文タイトル:Quantitation of Japanese cedar pollen and radiocesium adhered to nonwoven fabric masks worn by the general population
著者:Shogo Higaki*, Hideharu Shirai, Masahiro Hirota, Eisuke Takeda, Yukiko Yano, Akira Shibata, Yoshitaka Mishima, Hiromi Yamamoto and Kiyoshi Miyazawa
DOI番号:DOI: 10.1097/HP.0000000000000078

アブストラクトURL: http://journals.lww.com/health-physics/Abstract/2014/08000/Quantitation_of_Japanese_Cedar_Pollen_and.3.aspx


(注1)セシウム-137とセシウム-134 :東京電力福島第一原子力発電所事故によって環境中に放出されたセシウムのうち、半減期が比較的長い2つの放射性同位体のことをいう。セシウム-137は放射線を出して壊変して約30年で半分の数になる(半減期約30年)。一方、セシウム-134の半減期は約2年である。核燃料の使用年数が長いほど、セシウム-134の放射能は多くなり、東京電力福島第一原子力発電所事故によって放出されたセシウム-137とセシウム-134の放射能の比は、2011年3月11日現在でほぼ1:1であったことが様々な研究機関の測定によって確かめられている。

(注2)実効線量係数:人間が吸入した放射性物質について、その量[Bq]から内部被ばく線量[Sv]に換算するための係数で、国際放射線防護委員会(International Commission on Radiological Protection、ICRP)がICRP Publication 68に示したものである。一般公衆の内部被ばくを算定する場合、放射性物質の正確な粒径が不明な際には、粒径1μm(マイクロメートル)と仮定することが推奨されている。本研究では、セシウムは迅速に吸収される(半減期10分で吸収されていく)シナリオの値である、137Csに対して4.6×10-3 [μSv/Bq]、134Csに対して6.6×10-3 [μSv/Bq]を用いた。

(注3)イメージングプレート:フィルム上に輝尽性蛍光体粉末を塗布した板で、放射線が照射されると蛍光体を励起させ、その吸収量に応じて蛍光体が発光する特性を持つ。発光は放射線照射を停止すると弱まるが、蛍光中心が保持されるためレーザー光を照射することで再度発光する。この現象を利用して、レーザー光を照射しながらスキャナにより発光量を読み取ることによって、放射能の二次元分布を画像化することが可能になり、デジタルX線写真の撮像などに広く用いられている。

写真1:実際に着用したマスクに付着したスギ花粉(矢印)の光学顕微鏡写真(濾紙上に集めてヨウ素で着色したもの)。右下の白線は100マイクロメートルの大きさを表す。
写真2:実際に被験者が着用したマスクとマスクに付着した放射性セシウム源のイメージングプレート像との合成像と、その部分の拡大写真。
各写真の右下の赤線は50マイクロメートルの大きさを表す。