前立腺がんの新規PET診断薬を開発  -より選択的ながんの可視化が可能に-

東京大学アイソトープ総合センターの秋光信佳教授、和田洋一郎教授、井村亮太大学院生および埼玉医科大学総合医療センターの熊倉嘉貴教授の研究チームは、前立腺がんを選択的に画像化できる新規PET診断薬を開発しました。

 日本人男性がん罹患数第1位である前立腺がんは、骨やリンパ節に転移しやすい一方で、CTやMRIによる評価も万全ではなく、新規がん診断方法が強く要望されています。近年、前立腺がん細胞に選択的に結合する物質(PSMA-617)がドイツで開発され、PET※1診断に応用されています。これまでの前立腺がん PET診断では放射能の減衰が早い核種(ガリウム68:半減期68分)が使われています。しかし、がんに到達しなかった診断薬は腎臓を介して尿中へ排泄されるため、撮影中に腎臓、尿管、膀胱に残る放射能が著しく高くなってしまい、転移がん診断を妨げる問題点がありました(図1)。

 本研究チームは転移がんの診断が困難である課題を解決するために、放射能がゆっくりと減衰する特徴をもつジルコニウム89(半減期3.2日)を使用する戦略を立てました。尿中の放射能が完全に排除された後にPET検査を行えば前立腺がんのみが高コントラストで描出される優れたPET画像を得ることができます。ジルコニウム89はJFEエンジニアリング株式会社の研究施設で製造したものを使用し、新規手法によりジルコニウム89とPSMA-617を結合させPET診断薬を合成しました。この新規診断薬では投与24時間後の撮影が可能となった結果、狙い通りマウスに移植された前立腺がん組織のみを選択的に高コントラストで描出することに成功しました(図2)。臨床応用の際には、腎臓、尿管、膀胱周辺の正確ながん診断にも役立つと考えられます。

 本研究成果は、前立腺がんの転移巣の正確な可視化(見える化)と同時に、前立腺がん診断機会の増大にも繋がります。放射能減衰が早い従来型ガリウム68診断薬では、病院内でPET診断薬合成および品質管理する必要があります。そのため研究として取り組んでいる一部の大学病院などでしか診断を実施できません。これに対して、今回のジルコニウム89診断薬の場合、放射能減衰が緩やかであるため1箇所の製造拠点から日本全国に配達することが可能となります。したがって、PET撮影装置のみを有する日本全国の病院施設(約400施設)で前立腺がん検査を導入する障壁が大幅に低くなります。また、ルテチウム177標識PSMA-617を利用する核医学治療(日本未導入)の治療効果の予測にも最適と考えられます。

 この成果は、米国放射性医薬品学会(Society of Radiopharmaceutical Sciences)が発行する『Nuclear Medicine and Biology, Volumes 106–107, March–April 2022, Pages 21-28』に掲載されました。

 従来型診断薬本成果
放射性核種ガリウム68ジルコニウム89
半減期68分3.2日
診断性能がんに加えて腎臓・膀胱にも集積がんのみの描出が可能
診断薬のデリバリー不可能(病院内で製造)可能

用語説明

※1 PET:Positron Emission Tomography (陽電子放出断層撮影) の略で、放射能を含む薬剤を用いる、核医学検査の一種

※研究チームメンバー

東京大学アイソトープ総合センター
 教授秋光 信佳(あきみつ のぶよし)
 教授和田 洋一郎(わだ よういちろう)
 大学院生 井村 亮太(いむら りょうた)
埼玉医科大学総合センター
 教授熊倉 嘉貴(くまくら よしたか)

<機関窓口>

東京大学アイソトープ総合センター
TEL:03-5841-2881
E-mail:syomu.ric[at]gs.mail.u-tokyo.ac.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。